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| 『G1』 ●ゴジラの仇ガメラ |
大映の人から初めて「ガメラ」の話をされたのは92年(平成4年)の夏頃のことであったと思う。第1作「大怪獣空中決戦」が完成して公開されたのは95年の3月だから、その3年近く前のことだ。 新宿の喫茶店で待ち合わせ、軽い世間話の後、「実は、ガメラを復活させようというプロジェクトがあるんですよ」と、切り出された。 その人は当時、企画部員で、現在は大映を辞めて脚本家になり、5年後の97年『恋と花火と観覧車』でついに監督にもなった砂本量 氏である。まさか、脱サラするとは思えないような、会社の仕事を忠実にこなすタイプに、一見したところ見える人である。 砂本氏はいつもの穏やかな口調の中に、いい話を持ってきた自負心をにじませた。ところが大映と砂本氏には失礼な話だが、僕はその時、「これは、実現性が薄い企画だな」という気がしてしまった。 話は一見画白そうだが、結局はまとまらないで流れてしまう映画が巷にはたくさんある。これは、そのうちの一本ではないか、という気がした。 確かにガメラは大映の財産ともいえる古いキャラクターで、大映以外にどこがやるんだ、と言ったら、大映がやるしかないわけだが、果 たしてこの企画でお堅いイメージの会社がまとまるのだろうか? という疑問が先ず最初に浮かんだのである。 怪獣映画のような「イロもの」と取られかねない企画、しかも、金はかかるであろう企画が、すんなり通 るとは思えない。『ガメラ』を2本撮った今、大映は結構柔軟で良心的、優秀な人が集まった面 白い会社であるとわかったが、そのころ僕が勝手に描いていた「大映」という会社のイメージは、『敦煌』に代表されるように、NHK大河ドラマ的というか、文芸大作なら全社挙げて製作態勢をとったとしても、怪獣映画などには全社一丸というわけにはならないのではないか、というものだった。 中国ロケの文芸大作をやるんだ、と言われたら、実現可能だとすぐに思ったろう。だが、ガメラは…… |
| 『G2』 ●G2に再結集 |
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「次もやるぞ」と前のめりになっていた僕は、なかなか『2』正式決定の報がないので、多少やきもきしていた。 |